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東京高等裁判所 昭和53年(ツ)59号 判決 1979年4月17日

上告人

武蔵証券株式会社

右代表者

清水達也

右訴訟代理人

上野襄治

被上告人

ナミコ・サイトウ・テイラー

(日本名 斎藤なみ子)

主文

原判決を破棄する。

本件を東京地方裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人上野襄治の上告理由について

一原判決が適法に確定した事実は次のとおりである。

1  訴外新興証券は、昭和四八年二月一四日上告人からの買付委託により本件株券を買付け、そのころ上告人に交付し、上告人は、同年四月八日頃新興証券に対し右株券の売付を委託し、これを受けて同訴外人は同日訴外三洋証券に対しこれを売付け交付した。

そして、三洋証券は本件株券の名義書換をしようとしたが、本件株券につき後記のように除権判決があつたため、名義書換ができなかつたので、新興証券に対し、また上告人は新興証券に対し、いずれも同年一〇月一五日頃本件株券に代えて他の同種の株券を譲渡交付した。

2  一方、被上告人は、本件株券につき盗難を理由として、昭和四八年一一月一五日東京簡易裁判所公示催告を申立て、昭和四九年九月一二日その除権判決を得、これにもとづき新たな株券の発行を得た。

二原判決は右事実にもとづき、公示催告手続についての法律は、「証書喪失者に対し単にその喪失の一事の審査のみではこれに除権判決を与えず、その間慎重な手続をもつて善意取得者等にその権利の届出をなしうる機会を設け、かつ該届出があつたときはその者と証書喪失者間において実体上の権利の帰属を決する手続をも定めているのであり、しかも、……(中略)公示催告制度に対する社会的需要は決して少なくないと認められているのである。従つて、右制度における公告方法の事実上の効果に若干の問題があるとはいえ、そのことから右公示催告制度ひいては除権判決制度を結果的に無視する如き結論を導くことは妥当といえず、たとえ善意取得者といえども、公示催告所定の届出を怠つた場合には、最早その権利を主張しえざるものと解するのが相当である。」と説示した上で、善意取得者たる上告人から本件株券を承継取得してこれを所持していた三洋証券は、前記除権判決の言渡により、本件株券の表章する実体上の権利たる株主権を喪失するに至つたものというべきであり、従つて、新興証券が三洋証券から、上告人が新興証券から順次右株主権を代位取得するに由ないものである、として上告人の請求を棄却した。

三ところで、喪失株券に関する除権判決の効果は、右判決以後その対象とされた株券を無効ならしめ、除権判決申立人に右株券を所持しているのと同様の法的地位(いわゆる形式的資格)を付与するにとどまり、それ以上に公示催告申立の時に遡つて右株券を無効とするものではなく、また申立人が実質上株主たることを確定するものでもないことは、その旨の最高裁判所判例(昭和二九年二月一九日第二小法廷判決)の存するところであり、さらに、もし除権判決申立人が実質的に無権利者であり、他に実質的株主の存する場合に、除権判決にもとづき申立人が株券の再発行を得たときにおいても、実質的株主は右除権判決申立人に対し再発行にかかる株券の引渡を求めうることについては異論をみないところである。そしてこのことは、公示催告とこれにつづく除権判決の制度が、そのうちに公示催告ないし除権判決申立人と公示催告期間内ないし除権判決前に権利の届出をした者との間において、実体上の権利の帰属を決する手続を定めていないところから当然帰結されるところにすぎない。とすると、公示催告ないし除権判決の制度が権利の届出をした者と株券喪失者すなわち、公示催告ないし除権判決申立人との間において実体上の権利の帰属を決する手続をも定めている、と説く原判決は、この点についての法律の解釈を誤つた違法があるといわなければならない。

もつとも、この点については、除権判決前に除権判決申立人の喪失した株券を善意取得した者がある場合に限り、除権判決によつて善意取得者はその所持する株券が将来に向つて失効するのみならず、実質的権利をも失うとする説がある。

しかしながら、株券善意取得の制度は、権利の外観を信頼した者に権利を得させるという実体上の機能を有すると同時に、右株券によつて表章される権利を主張する者に、権利取得の経緯を逐一主張立証する煩を免れさせるという訴訟手続上の機能をも有しており、裁判所が株券の所持人が権利の承継取得者でないとしても善意取得者であるとの判断をなすことにより容易に権利の存在を認定できるのも、商法二二九条によつて株券に準用される小切手法二一条の善意取得の規定があるからにほかならないのであつて、裁判所が右各規定にもとづいてある者が株券によつて表章される権利を有すると認定する場合、その権利が最初の権利者から承継的に取得されたものではないことを確定している訳ではないのである。翻つて、除権判決は善意取得者を失権させるとの前記の説をとるとしても、除権判決は善意取得者の有無を確定したうえでなされる訳ではないから、除権判決申立人と他の権利主張者の争いは別の訴訟手続によつて確定されるほかないが、その場合その権利主張者は善意取得を援用することができないから、結局権利移転の経緯を個々具体的に主張立証しなければならないこととなり、これは右の権利主張者に難きを強いるものであることはいうまでもなく、結局善意取得者のみは除権判決によつて失権すると解することが、善意取得者のみならず、恐らく実質的権利者の殆ど全部をも事実上失権させるに等しい結果を招くことは見易い道理であり(除権判決申立人がもともと株券の所持人でなかつた場合、株券の所持を任意に失つたものである場合、株券をその意に反して喪失したが、表見代理等により、別人がこれを承継的に取得更に転々した場合などにこのような結果が起りうると思われる。)、かくては、前記最高裁判例の趣旨にももとり、かつは株券の流通性を著しく阻害することにもなるといわざるをえない。それ故当裁判所は前記の説を採ることはできず、株券の除権判決は株券の善意取得者の有する実質的権利(株主権)になんらの影響を及ぼさないとの見解を採るものであり、かく解したからといつて、善意取得者と株券喪失者との間の公平を失するともいえないし、また公示催告ならびに除権判決制度の実効性が損われるともいえない。

以上のとおりで、いずれの点からみても、原判決は株券の除権判決の効力に関し、法令の解釈を誤つたものであり、その違法が判決の結論に影響を及ぼすものであることはいうまでもないから、本件上告は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして本件については訴外三洋証券の権利取得に対する抗弁の有無、事実審口頭弁論終結時における本件株券の株価などの点につき更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。

よつて、民事訴訟法四〇七条一項に従い主文のとおり判決する。

(安藤覺 石川義夫 清野寛甫)

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